作家と作品名を線で結ぶ

 
むかし、関口宏の番組で『知ってるつもり』というのがあった。

番組自体は大したことはない。

人の生まれてから死ぬまでを辿っても、劇的だろうと平々凡々だろうとおんなじようなもんと思う。

そんなことは置いといて『知ってるつもり』というタイトルは有りやと思う。

一日中ボォ~としてても情報は入ってくるというか押し込まれる。

そんなんで、いつの間にか脳内で『知ってるつもり』が五段重ねくらいになって『あるある大辞典』状態

になってしまったりする。


これとよく似ているのが、有名作家と作品の関係だ。

今は知らんけど作家と作品名を一致させるという国語の問題が中学校くらいからしつこく出題されてた。

配点からしても落とせない部分でもあり、必死のパッチで暗記したりする。

すると、それが頭にこびりついて読んだ気になってしまうということが絶対にあったりする。

今日、中央図書館にいってきたけど、集英社から出ている『これだけは読んでおきたい日本の名作文学案

内』を図書館でパラパラとめっくてみると、ほぼ絶望的状態だ。


読む時間や機会がなかったわけではない。無意識に題名を知ってることが、その本を手に取ることを避け

ているような状態かと思う。

そんな育ち方をすると、人と話していて作家の名前がでてくると、パブロフの犬のように作品名を口に出

したりして、話がそれを読んだ前提で進んだりもする。

そんなんで、結果的にある作家の「知ってるつもりあるある像」が出来上がってしまう事も多い。

本を読むは、人の話を聞くとある意味おんなじやと思うてるから、話を聞く相手の人物像を人の噂で作っ

てしまってるのはいいことでないに決まってる。


じつは、こんな事を書いてても相変わらずそんなことをやってる事がある。

これだけではないけど、なんとなくブラ下がっているようなものはアホほどあったりする。

根が深いのだ。


そんだけ。