住所とぎょうざ
病院に行く。
二ヶ月に一度の定期検診。
とくに問題なし。
何かあるか?ときかれたので、腹が出てきて、とうとうLからLLサイズとなってもうたと言う。
先生は私の腹を両手で掴んで、ブルブルさせながら、ホンマになあと笑う。
しかし、私も時々そうするのだけど、腹を掴んでブルブルさせると、何や気持がよかったりする。
センセも、たぶん私の腹の感触が気持ちよかったのだろう?
・・・という事にしといたる。
ここの病院は、オカンが三度入院し、三度目に逝ってもうた所。
まだ二年しか経ってないので、何がどうで、何がこうなんかワカランままでおる。
まぁ、意味を求めてるわけやないから、別にかまへんけど。
あれから、翌年にオトンが逝って、ビョーキ男は相変わらず時々死にたがる。
オトンとオカンから、自分たちと兄の見届け人やってくれという依頼を引き受けたのが八年前のこと。
引き受けたのに深い意味はない。
鬼ごっこするのに、ほなオレ鬼やったるわ!くらいのこと。
昨日、今日とで『希望のケア学』(渡辺俊之)読んだ。
共存関係では、いずれは、優者(ケアする側)と劣者(ケアを受ける側)という関係が、支配者
と依存者の役割に分担され、ケアする側は支配を維持するための支配依存症となり・・・
これは、私も実家に戻ってしばらくして、気がついた。なんちゅうこっちゃと思うた。
今でも、近在の人が「兄ちゃん、ようやったなぁ。二人とも喜んでるで」などと言われるけど、それはど
うかワカラン思うてる。
そんなことは、生き残った者の理屈でしかない思うてる。
おれはリイ君が好きやった リイ君はおれが好きやったか
おれ好きやったで!返事はせんでええよ。
そんだけ。