見下ろしながら見上げる

 
普通、四天王寺には石の鳥居のある所から出入りする。

南大門からだと国道沿いに、こんな具合に道に荷物が括り付けてある。


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この等間隔に括り付けてある荷物に沿って恵美須町方向に下って行くと、途中で通天閣を見下ろすような

感じの風景に出くわす。

ゆるやかではあるけど、けっこう高い所に四天王寺はあったりもする。


そうなると、四天王寺=山の手で、通天閣界隈=下町と思うたりもするんやろうけど、そうでもない。

大阪は逆。

大阪は東側に四天王寺もある上町台地の高台が連なって、西側に船場や島之内の都心部が低い所にある。

ごっつい平たくゆうと、良家(ええし)は低地帯で、その他は高台ということでええのかも知らん。

 ・・・良家=ええし。良家の分限者と『大阪ことば事典』に書いてある。今も普通に使われてる言葉。


織田作之助は五歳の時に、今の天王寺区上汐町辺りの、路地の多い裏町、通称を河童横丁(がたろ)に引

っ越し、そこで育ちます。

つまりは、上町台地にある町です。

そこで大きくなって、魚屋の子供が高津中学に入っただけでも大騒ぎだったけど、さらに三高入学です。

思うに、織田作之助は小さい時に上町台地の高いところから、良家(ええし)を見下ろしてたわけやけ

ど、それが、織田作之助の「大阪」にどうつながって行くんやろか?


織田作之助は、自分の書く「大阪」を「架空の町」とする。

kobacyouさんは、そんな織田作の「架空の大阪」をこんな具合に見てはる。
 織田作の「大阪」は、耽美主義者の求める「美」に似たもの、それ自体が絶対的に価値あるもの
 
 である。

 つまり織田作は「耽大阪主義者」ということになろうか。

 だが大阪がリアルだと主張するつもりはない。

 寧ろ織田作のスタイルについては、その上っ面を批判的に読み解くことさえ可能なのだ。

 つまり名古屋や町内会、あるいは身体や自己という基準でさえ恣意的なものに見える批判の構図を

 孕んでいるのである。

 そこでまた漱石、鴎外に話は戻るが、則天去私、虚舟というスローガンは一段高いところで余裕を

 見せているように見えるから不思議だ。

 ただそれはずるいのだ。

 若者はそういうずるさに敏感なのだ。

 打ちのめされることを覚悟の上で逃げない人は人気がある。

 あるいは打ちのめされる為に突き進む人がいるけれど、そういうあざとらしさにはまた若者は敏感

 である。

 しかし織田作の正体は分からないだろうなと、この歳(内緒)になって私は思う。

 なんというか、リアルとは「その人」ということなのではないかと私は思う。

 どうも「物」ではない。現象と言うか、風景ではない。

 リアルには人が絡んでいるように思うのだ。

 だから或る程度「私」はリアルである。

 そのことと、織田作の「大阪」は十分に拮抗しうる。

                      -負荷『アナルを手にいれるんだ』
 ◎元記事はこちらに→http://blogs.yahoo.co.jp/rrrdx928/32156622.html


そういえば、良家(ええし)が低くて、そうでない所が高い場所にある所がある。


あこは、集合住宅が山の上の方にあって、一戸建ての分譲は低いところにある。


とにかく、今日は四天王寺辺りをウロウロしておりました。


ほな。