湯 豆 腐

山本夏彦大事典というのがあった。

辻まこと>の項はこんなん書いてた。

  芸術家で、青年時代の夏彦の友人。武林イヴォンヌをめぐる恋のライバルでもあった。詩人・辻
  潤と伊藤野枝の長男で、武林イヴォンヌの最初の夫。夏彦は辻と若いころ散々遊び歩き、その人
  となりを良く知っていたので、後年辻の芸術が高く評価されたときも、これを理解することがで
  きなかった。

これにはもう少し説明がいるかも知れない。

<人を知ると妨げになる>の項を引く。

  青年時代の夏彦は、辻まこと埴谷雄高と知り合いであった。彼らはその後名声を得たが、若い
  ときを知っている夏彦は、彼らの作品を鑑賞する気持ちにはどうしてもなれなかった。もし彼ら
  と知り合いでなければ、自分はよき読者になれたかもしれないのに、残念なことである。芸術家
  は作品がすべてである。作者については知らないほうがよいのだ、鑑賞の妨げになる、というの
  が夏彦の見解。

ということだそうだ。

ん?辻潤が詩人となっている。辻潤は詩人になったり、翻訳家になったりで相変わらず忙しい。メインは

伊藤野枝の元旦那の称号だ。

その人の肩書きがわからない時には、とりあえず<詩人>とするのが手っ取り早いのはいつもの事だ。

文人」といういい言葉があるけど、もはや死語か。


もう一つ、山本夏彦の『無想庵物語』を「夏彦のイヴォンヌへのラヴレターあるいは追悼文と解すること

もできるであろう。」と書いてあった。なるほど、そうかもなぁというところ。


<『春燈』>の項にはこんなことが書いてあった。

  昭和21年に久保田万太郎が創刊した俳句雑誌。夏彦はこの雑誌に、昭和24年から25年にかけて毎
  号随筆を執筆。「日常茶飯事」と題した。このタイトルはのちの『木工界』連載に引き継がれる。

山本夏彦大事典→http://hw001.gate01.com/namekujiken/natsu/wordworth.html



ようやく【湯豆腐】にたどり着いた。その久保田万太郎だ。
 
   
    冬の身の とどのつまりは 湯豆腐の あわれ日かげん うきかげん
  
    日はかくれて雨となり 雨また雪となりしかな
  
    しょせん この世は ひとりなり 泣くもわらうも 泣くもわらうもひとりなり


浅草の人、久保田万太郎の作品です。

こんなんもあります。

  
    湯豆腐やいのちのはてうすあかり



ということで、今日は家も湯豆腐やっつけようと思います。もちろん酒つきであります。



そうそう、北冬書房の「万力のある部屋」に、「つげ義春旅写真」というのがあった。

◎万力のある家→http://a.sanpal.co.jp/hokutoh/