適 塾

 
むかし、学習塾に関係した仕事をしてたことがある。

若い男が、営業やらせてくれと言ってきた。

素晴らしく健康な脳味噌を持った、気持ちのいい男だった。

ただ、教育産業には何の関係もなかったし、本人も受験も進学も関係のない過去だった。

そういう私もおんなじようなもんやけど。



とりあえず、根性を見ようと思って、こう指示した。

「あのなぁ、歩いてて<塾>と書いてあるとこ、飛び込みで入っておいで」

いきなり、「適塾」に行った。

みんな笑った。

私も、腹から笑った。

けど、みんなみたいに無知をバカにはせんかった。



私は、無知をバカにする奴は嫌いだ。人間、知らん事の方が多いに決まってる。

無知を指摘されて、逆上する奴も嫌いだ。

だいたいに、人間の生きてる時間に限りがあるのに、限りがない知識を追っかけるには無理がある。

それよりも、それがどういうことか知っていながら、知らないフリをしたり、出来なかったと言い訳をす

る人がいる。

無知より、はるかに性質が悪い。



その男は、根性の入った男だったから、当然のように大きな男になっていった。

私が途中で仕事投げたから、男のその後は知らない。



<思想を生活(行為)に転換する時のみ、その人は思想の所有者である>

辻潤は書いている。


辻潤を後追いをすればするほど、この人は本気でそれをやった人だと思う。

自分に出来るとは思えんけど、そういう人が生きてたという事実だけでうれしくなる。



ところで、その男、「大日本●●義塾」なんてのにも、飛び込みで入った。

引き取りにいくのに、少し怖い目をしたのだ。



そんだけ。