ここが文子とちがうところで・・・

 
西瓜買った。

ビョーキ男と私だけになったから、飯と酒の肴以外を買うことはまずない。

そう思うたから買った。

小さいの一個。


西瓜。

なんであないに必死に食ってしまうのか?

食いだしたら、脇目もふらず状態になる。

一緒に食ってる人間が誰なのか?いや、一緒に食ってる奴がいることさえ忘れて必死食いする。

西瓜には他の食い物にはない不思議がある気がせんでもない。



しゅーまん2号さんが、山本夏彦の『無想庵物語』を読んでみたいと書いてはった。

単行本、文庫いずれも絶版。

武林無想庵(たけばやしむそうあん)。

ワタシ シッテマス ニホンノ スバラシイ モノ

そりゃ、建林松鶴堂(たてばやししょうかくどう)の露恵・・・失礼しました。m(_ _)m


その『無想庵物語』を古本屋で買ってたので、辻まこととの関係を拾い読み。

 某月某日イヴォンヌは無想庵を訪ねて、すこし改まって「パパはまことと夏彦とどっちが気に入っ

 てるの?」「どっちだなんて考えたこともない」「それじゃどっちと結婚してもいい?」

 私は無想庵とイヴォンヌが和解したことを喜ばなければならない。改まって父親の意見をきく彼女

 の心根のやさしさに打たれずにはいられない。これは文子にはないことだ。

 こうしてまこととイヴォンヌは結婚するのである。私はやきもちをやかないのである。いいあんば

 いだとも思わないのである。依然として私はイヴォンヌが好きなのである。

 ・・・

 辻に収入があるはずがない。辻は一生必要以上に働かなかったが、当時は必要以下のはずなのにイ

 ヴォンヌは亭主は画家だと自慢している。働きがないなんて責めてない。ここが文子とちがうとこ

 ろで二人の仲は悪くなかったのに、やがて別れることになるのである。

                              -山本夏彦『無想庵物語』

ここで、山本夏彦が「ここが文子とちがうことろで」と書くのは無想庵の二番目の妻である中平文子のこと。

この本で、夏彦は「文子には…」を連発する。


ところで、辻まことは、亡くなった最初の子の名前を「野生」でなく「野枝」と名付けようとしてた。

野枝は母、伊藤野枝の名前でもある。


唐突ではあるけど、西木正明の『夢幻の山脈』に描かれた辻まこと

いずれ、西木正明本に「あんさん、それちゃうで」と言いたい気がしている。


そんだけ。


写真は、左が、辻まこと・竹久不二彦・イヴォンヌ。右が若い時の山本夏彦

それぞれ、辻潤竹久夢二武林無想庵、山本露葉の子供たちでもある。

文藝春秋社『無想庵物語』からのものです。

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