枕 詞
竹久野生さんのエッセイが出たんで注文した。
気になったんが、発行元のHPにあった紹介文。
こんなん。
両親が誰で、祖父母が誰となるのはやむを得ん事かも知らん。
そこまで書くなら、ついでに母方の祖父が武林無想庵で、祖母が宮田(中平)文子とまで書いといたらえ
えのに。
辻潤は、『唯一者とその所有』や『天才論』を翻訳した。『いぬかわ』とか『さんちゃん』といった小説
も書いてる。
けど辻潤ってなんやねん?となると、小説家でもないし、詩人でもないしとなって、そうかと言うて、伊
藤野枝の最初の旦那では潰しがきかんし、もうヤヤコシイから、本人もそう言うてるからダダイストにし
とけのような感じがせんでもない。
御用学者という言い方がまた流行ってるようやけど、自分の暮らしを理由に現実と妥協する知識人が多い
のは今に限ったことでもない。
戦争中、生きてるのに死亡と文壇名簿に書かれた辻潤は、そうした現実から背を向けて生きて、とうとう
一個の個とも。
生きようとした人。
そやから枕詞はいらんねん。
昭和19年の春に彼は貧窮のうちに終戦を待たずに死んだ。世間並みにいえばみじめな晩年だっ た。しかしほんとうにそうだろうか?私の知るかぎり、ひとりの人間として決して負けなかった 人間だった。彼の死は、一つの魂の勝利だったと感じている。 戦争が進展するにつれて、文化の使徒のような顔をしていた有象無象が、どんな醜悪な卑しい虫 ケラだったかは自ずから明白になっていった。戦争が終わった後の現在でも彼らが、そのみじめ さをお互いに「人間的な弱さ」だなぞとなぐさめあっているのを見かけるが、あの暗い空の下で、 心の内でその見せ掛けだけの名論、卓説の類いにわずかにすがっていた青、少年の期待をふみにじ って、人間不信の根性を育てたのは彼等だったのだ。 私は、それまでの友人と先生をすべて失った。すべてである。 彼らの舌は今も昔も風にそよぐ木の葉のざわめきにすぎない。 だが辻潤だけはその風の中で石コロのように自分の重量を守った。私の知っているただ一人の信じ られる生物だった。-辻まこと『おやじについて』
個はシソーの中になんかにあるんでのうて、その人その人の生き様にしかないやんけ。
そやろ?
ほな。