田所康雄さんの事

伊藤静雄の詩。


  行つて お前のその憂愁の深さのほどに

  明るくかし處を彩れ と


ほんまにオモロイ人やったなあ、そんな喜劇人を思い出すと必ずこの一節が浮かびます。



男はつらいよ』は、結果的に盆と正月の年中行事となりました。

ただ、事の始まりのTV放送を見てましたから、『寅さん』がだんだん人畜無害な人に変って行ったよ

うに思えてなりません。

いつも帰る所があるような寅さんの甘さを指摘する人もおったように記憶してます。


加藤秀俊の『暮らしの世相史』。

商人(あきんど)は、秋の人=年に一度秋の収穫期に巡回してくる交易者であり、かれらは、村の単調

な日常の中に 外界からのメッセージをたずさえてくる「まれびと」だったと書かれてました。


男はつらいよ』のTV(これは記憶です)と第一作には【あきんど】としての寅さんがいます。

ここでの寅さんは、本物のテキ屋として登場しております。

だから、寅屋の人たちと決定的なズレを見せます。

言うなら、成分表の違う人たちのぶつかりが、おかしさを生んでます。


引用するのは本名、田所康雄=渥美清という喜劇役者の言葉だそうです。

小林信彦さんの『おかしな男 渥美清』からの引用です。

 
 「狂気のない奴は駄目だ」渥美清は言い切った。「それと孤立だな。孤立してるのはつらいから、つ

 い徒党や政治に走る。孤立してるのが大事なんだよ」
 

 
 
 「おれには特技が二つあるんだ」渥美清はうかがうようにぼくを見て、「一つは口跡よ。仁義を切る

  時の口跡がいいというので親分にほめられた」

  ぼくは身を固くしている。 いったい、この男は何者なのか?

 「もう一つはな。おれが他人の家の玄関にすっと立っただけで、相手は包んだ金を出したんだ」渥美

  清 がテキ屋をやっていた事実は後に明らかになるのだが、もっと危険な世界にいたことがあるので

  はないか、と僕は推測している。
 


当たり前のことだが、渥美清を貶めようとは思ってもいない。

若い人たちの中では『男はつらいよ』を予定調和の中で【人情】とか【下町】とか言った安易な風景

の中で演じられる、人畜無害な映画と思われている方も多いようですので書いたみた次第です。

男はつらいよ』を観るなら、是非その第一作目を観てほしいと思うのです。