『破天』 ― 佐々井秀嶺という人

1998年5月11日。BJP(インド人民党)政府は突如、"地下核実験成功"を発表した。


六月十日、デリーの目抜き通りを抜け、国会議事堂に向かって行進していく数千人のインド仏教徒の集団

があった。先頭のトラックに立ち、辺りを睥睨しているのは、僧衣姿の東洋人らしき男である。国会の目

と鼻の先まで来たところで、数百人の武装警官の壁が立ちはだかり、行手を拒んだ。特大の拡声器から彼

の大音声が響き渡った。

おー、大馬鹿者のバジパイ首相よ、出て来い!汝らは仏陀誕生の日に地下核実験をやってのけた。汝ら亡

国の輩よ、汝らは仏陀とダンマ(理法)の国をその穢れた足で踏みにじった。・・・仏陀はその愚かさを

嗤っているぞ。その声が聴こえぬか!・・・おお首相よ、ここに現われ、仏陀の嗤いに答えてみよ。・・

私の生まれは日本である。・・・私に腹が立ったら、この場で撃ち殺すがいい。さあ、殺すがいい。私は

仏陀とともに笑ってやろう。この大馬鹿者の恥知らずめがと・・・。


こんな書き出しで、この本は始まります。

書名は『破天』、著者は山際素夫。出版社は南風社。


この凄まじい説教爺さんは、その名を佐々井秀嶺といい、インド仏教復興の最前線に立つ仏教徒であり、

ラジヴ・ガンディー以後歴代大統領、首相たちで知らぬ者のない荒法師とあります。

アーリア・ナーガルジュナ佐々井秀嶺

インド名は暗殺されたラジヴ・ガンディー首相が、インド市民権授与の際に直々に授けた名だそうです。

アーリア・ナーガルジュナは聖・竜樹の意味だそうです。

本名は佐々井実。岡山県新見市に1935年に生まれです。

大正大学時代に、学生浪曲王「大菩薩連嶺」の芸名で各地を巡業したと思えば、当時、評判の易者に弟子

入りして、これまた大菩薩連嶺の名で有楽町の数寄屋橋に店を開くといった具合の人です。

1967年にインドに入ります。


私はこの本を、どうも居心地が悪いと感じ、自分の居所を探してるうちに、インドへと渡り、ようやく自

分の居場所を見つけた男の物語として読みました。

評伝は、起承転結でまとめるときれいに切り揃えられて、その人の負の部分も見えなくなるところがあり

ますので、その辺にはやや不満が残りましたけど。

読むきっかけは、ある宗派の雑誌の手伝いをした時です。酒の席で若い人から、この本の話が出て、著

者の山際素夫さんは、私も以前『アンベードカルの生涯』を読んでいましたので、話が盛り上がったのが

きっかけでした。


自分の納まりをつけるため、結果としてここに到った。そんな話として私は読みました。

そんなふうに、自分の納まりをつけることは、誰もがやっていることでもあります。こんな収まりのつけ

方もあることを知ってもらえればうれしいです。

さいきん流行りの?「自分探し」とかいうやつとは違いますけど。

ところで、

アンベードカルは、不可触民の子として生まれ、インド憲法の起草者そして初代法務大臣です。

不可触民。カースト制度といわれる四つのカーストに入る事を許されない階層です。カーストの最下層が

シュードラ(上の三つの階層に奉仕する奴隷労働者階層)ですから、そこにさえ組み込まれることのない

階層です。家畜以下の生き物として扱われて、共同体からは隔離され、水すら与えられることはなかった

そうです。

その数はインドの総人口の約25%、2億2千万人にも及ぶといわれます。

いま現在の彼らのインドでの社会的地がどうなのかは調べてません。

このは本で、一枚岩ではないインド(どこでもそうですけど)、インド仏教の現在の位置、そんなところ

も少し見えると思いますし、アンベードカルや不可触民はガンジーの負の部分を照らすように思います。


そうそう、私のお勧めはだいたいが絶版です。

ゴメンです。