あの気持ちよくなる点に酒の不道徳性が証明されている

そういえば、むかしシュランダーって水泳選手いましたなあ。 おぼえてます?


おお、スタローンの映画やな。

ん?違う。

なにアルチューで乱暴、なんちゅう奴や。

ええ、そうじゃなくてアルチュール・ランボー?知らんなぁ。

南らんぼうの親せきかい。


稲垣足穂の酒です。


「私は二十歳前後から酒を飲みだして、酒歴は50年にわたるが、やはり『存在的』であった。あの気持

ちよくなる点に酒の不道徳性が証明されている、とまで気付かなかった」。

後年、酒についてこんな感想を書いた人です。

辻潤の飲酒癖を困ったものと感じていた稲垣足穂の酒はこんな具合だったそうです。


飲み始めると、まずは二、三時間で一升をあける。

飲む相手がいるとペースはさらに早くなり、酒がまわると機関銃が火蓋を切るように早口になり、得意の

「ライオン狩り」の芸が始まる。ハイエナの鳴き声とライオンの唸りが前座芸で、つぎは第一次大戦初期

の空中戦の実演となり、飛行士はレンガをタオルに包んで敵機のプロペラをねらう。負けた飛行機はきり

もみして墜落し飛行士が「おかあさ~ん」と絶叫する。

つづいて日露戦争肉弾戦の実演、兵隊の倒れ方いろいろ、無理心中の現場再現、「悪鬼」キリーロフの終

焉、妻のスカートにすがって謝罪する博打狂ドストエフスキーの哀れ、父の亡霊に涙するハムレットの仕

草三態、アラスカの酒場におけるゴロツキヤクザの最期、日本版サムライの凄絶なる切腹、めった斬り

死、能の「熊野」と「松風」とつづき、気がつくと夜の十一時になる。

客があきれて帰ってからもまた一人で一升びんをあけ、いびきをかいて寝て、おきてまた一升を飲み、飲

んでは寝るのが四、五日つづく。

空瓶が二十本ぐらいになり、腹が膨満して破裂しそうになってもコップははなさず、嘔吐するが、なにも

食べていないから、はらわたを溶かしたような胃液が出て、激しい腹痛をおこし、トイレヘ這い出しても

まにあわず下痢便を流し、躰を二つ折りにして唸る。やがて悪寒と震えがきて大プトンで重ねて汗を出

す。幻覚に襲われて悲鳴をあげ、飲みはじめて一遇聞か十日、修羅と危篤状態がつづく。

                          ―『文人暴食』嵐山光三郎より抜粋です。


しかし、そういう人はこうしたものを書いたりする。

僕は昔、師匠から文章上の心得として、「最大級の形容詞を用いる者は常にただそれだけの人間である」

ということを教えられた。

「すばらしいことだ」と口に出したなら、「なんだ、そんなことがお前にはすばらしいのか」と云い返さ

れる。

事実、「すてき」とか「たまんない」とかを無闇に連発する人間に限って悧口な者はいない。

しかし否定の場合はこのかぎりでない。これは「いやだ」と断言するのだから、頭から最大級を使用して

も差支えないわけだ。先生はそのように僕に説いて、「これはニイチェの言葉だよ」とつけ足した。

すてきなどということは凡そ現世には有りうべきでない。

しかし広隆寺弥勒像の前には、僕は甘んじて「その程度の人間」になろうと思う。
                                               
                                  僕の弥勒浄土(抄)


辻潤の事を「美的放浪者」と表現する人も多い。

私はその「美」がよくわからない人間です。

美。ひょっとしたら、こんなんかなあ?を教えてくれたのが稲垣足穂のように思います。

「ライオン狩り」の芸。観てみたかったなぁ。