春はあけぼの、夏は化けもの

水木しげるは大好きだ。小さい頃から読んでいる。

ただ、テレビアニメはあまり好きではない。

むかしの貸本や少年週刊誌に連載してた水木しげるが深く印象に残っているのだ。

そこにあったのは、ハラハラドキドキでもなく、明るかったり暗かったりするのでもない。

いま立っている所を、ちょっとずれたらそこにあるような、そんな不思議な感じだったのだ。


呉智英の『犬儒派だもの』に「水木しげる」の話がある。

呉智英は、1970年頃から水木しげるの下で資料作成なんかのアルバイトをしていたそうだ。

ここに少しだけど呉による「水木しげる聞き書き」がある。

たとえばこんな具合だ。


水木しげるラバウル通いが始まった頃、私にこんな話をした。

「以前は自分は、戦地だったところへ行きたがる者の心境が理解できなかったですよ。食うものも満足に

なく、餓死した戦友も多くいる。当人も九死に一生で助かっている。辛く苦しい思い出しかない。そんな

戦地に、戦後二十年も三十年もたってなぜわざわざ行くのか」

「しかし、自分はラバウルに行って初めてわかったんです。自分はあの戦争で生き残った。日本へ還って

こられた。でも、戦友たちは食料も薬もなく、ここで死んでいった。そして、自分だけ、今では何でも食

べられて生きている。そう思うとですなぁ・・・・・・・」

水木しげるは確信を込めて言った。

「そう思うとですなぁ、愉快になるんです」

「ええ、あんた、愉快になるんです。生きとるんですよ、ええ。ラバウルに行ってみて、初めてわかりま

した」


もう一つ。


水木は三島由紀夫を作品の中で描いたことがあるそうだ。

しかし、三島事件の後は三島を描く事は周辺が過剰な反応を示す不安もある。

呉は水木に助言をする。曰く、三島は決起の前夜、同志の青年たちと衆道の契りを交わしていたと。

呉が水木に期待した反応は驚きか嫌悪だった。武士道と同性愛、エロスとタトナス、やはりねえ、そうだ

ったんですか・・・とそんな答えが返ってくるものと期待していた。

しかし、返ってきた答えはこうであった。

「ほほぉ、男とやって、それで気持ちええんですか」


水木しげる呉智英にとってこんな人だ。

水木しげるを貫くものは、一種の自己本位主義であり、快楽主義であり、現世主義である。それが見事に

明るく、水木の好きな言葉で言えば、「朗らか」なのだ。権威や超越的なものに価値を置かないのだけれ

ども、反権威主義という別種の超越的権威を信じているわけではない。私はかってこれを「朗らかなニヒ

リズム」と名付けたことがある。


引用はすべて呉智英の『犬儒派だもの』からでした。


タイトルの「春はあけぼの、夏は化けもの」は『妖怪名言集』からのものです。

こちらにあります→【水木しげるの妖怪ワールド/http://www.japro.com/mizuki/

妖怪名言集からもう一つ。


バラの花は他の名で呼んでも、いい匂いがする。

しげる少年の父「のんのんばあ・たたりものけ」より

しげる少年の父親が「肩書きなどはどうでもよい」と家族に言ったたとえ。


そんなところです。


●追加です!最高です!

・・・ぼぉ~と見てたら<水木しげる語録>がありました。

ここです→http://www.ne.jp/asahi/zukidon/haruka/mizuki/m.goloku/goloku.html

マンガを絵と切り離して言葉だけ見るのもオモロイです。

この中では、これがいちばんです。『妖怪博士の朝食/ホレコロリ』より。


妖怪漫画家水木は、功績に感謝した妖怪たちに招かれ「なんでも望みを叶えてあげます。」と言われる。

水木「女にモテるようになるとか・・・」

妖怪「そんな事は、ダメなんです。妖怪は、金と女はダメなんです。」

水木「そりゃあ、すべてダメということじゃないか。」

‥‥‥まったくですね。ヽ(^o^)丿