インスタント・コーヒー
テレビCMで「違いがわかる男」とやっているのを見て、夏彦はてっきりネスカフェを本物のコーヒーだ
と思っていたという。しかし、ある日社員にインスタントコーヒーであることを知らされて仰天した。
十何年もの間勘違いしていたのだそうだ。 いわく「これ以上図々しいCMは考えられないほど図々しい
酒なら銘柄による好き嫌いも多少は言えるけど、珈琲はわからない。
ブラックで飲むから美味いと不味いはわかるけど、それだけの事で終わる。
珈琲そのものの記憶は全くない。珈琲の記憶は喫茶店とともにあるように思う。
いまの人はどうかはわからないが、私の場合は「右か左か運命の分かれ道」の決断をけっこう喫茶店で
やっている。一人の時もあるし、相手がいたときもあった。
インスタント・コーヒーとなると、記憶に残るものがあるかどうか?
どう頭をシャッフルしても安モンの<四畳半フォーク>みたいなビンボー臭い情景しか思い浮かばん。
そういえば私は、ビンボー臭さと胡散臭さに加齢臭が混じり、かなり芳しい状態になっているらしい
関係なかった。
『じゃりんこチエ』のはるき悦巳の『日の出食堂の青春』。その中にこういう場面がある。
中学校を卒業し、高校にも行かず就職もせずの四人組。いつも仲間の実家である、日の出食堂の二階で
ぼんやりとした毎日を送っている。
ミッちゃんは、彼らの同級生でアイドルだ。中学卒業して家業の豆腐屋を手伝っている。
その憧れのミッちゃんが16才になったら結婚するという、しかも相手は同級生で悪だった男だ。
四人は、男の安アパートに乗り込む。
男の部屋には何にもなくて、インスタント・コーヒーだけがお茶代わりにあるだけ。
そんな場面だ。
私も、そういう事情はなかったけどインスタント・コーヒーで浮かぶのは似たようなもんだ。
私がブラックで飲むようになったのは、コーヒーはあったけど砂糖を買う金がなかったという、極めて
単純な理由。どう考えても、インスタント・コーヒーではビンボー臭い話にしかならない。
そんなんです。