親不孝「声」

 
小林信彦の『日本の喜劇人』を読んだので、流れでついでに『喜劇人に花束を』も読んだ。

どちらも二度目、再読ってやつだ。

『喜劇人に花束を』では、植木等藤山寛美伊藤四郎の三人の喜劇人について書いている。


ところで、小林信彦が喜劇人について書いたものが好きだ。

「芸は好きだが<芸人>は嫌い」は小林の言葉。

渥美清藤山寛美なんて人は、殴られているのに、殴っている相手を冷たく観察しているような人だ。

だから、少し以上に距離を置いたところから、芸人の「芸」を観察するのがいいのだろうと思う。


そんな中で、植木等について書いたものが気になった。

他の喜劇人と違って、距離感がとれていない書き方、そんな感じがしたのだ。

これは、小林自身が植木等と同じ空気の中で生きていたからかも知れない。

ようするに、植木と小林自身が重なる部分があるので、小林が植木等について書く=自分について書かざ

るを得ないからではと思ったりもする。

それはもちろん、書くとヤバイからでなく、自史にならざるを得ないからという意味だけども。

その辺りは、小林の自伝的長編『夢の砦』を読めば、なるほどと思ってもらえるはずだ。


小林信彦植木等について書いてたことで、ふ~んとなったところ。


「『ニッポン無責任時代』のヒットは、<個人の幸福に関して何の責任も持たない体制に対しては無責任

な態度で居直るはかはない>というメッセージを観客が受けとめたからである。この「たかがB級映画」

は、大島渚をはじめ、多くの若手映画人、批評家にショックをあたえた。」(「喜劇人に花束を」より)

高度経済成長と同時進行し、ホントは真面目な「無責任男」というイメージは、映画がシリーズ化され

て、変質したのだ。「男はつらいよ」もそうかも知れない。


ところで、小林は植木等の声を「親不孝声」と名付けている。

これ、うまいこと言うなぁと思った。たしかに、そんな感じや。


で、植木等のオヤジのことを小林信彦が書いている。

植木等に聞いた話で忘れられないのは、ステテコいっちょうの父君が少年だった彼を仏様の前に連れて

ゆき、物差しで仏様の頭を叩きながら、「こら、ヒトシ、この音をきいてみろ。金ピカだけど、中は木

だ。金じゃないぞ。おまえ、寺を継ぐとしても、こんなもん拝んで、どうにかなると思ったら、大間違い

だ。これだけは覚えておけ」と諭した話だ。」(「喜劇人に花束を」より)


植木等の父、植木徹誠(てつじょう)は、キリスト教の洗礼を受けたまま、僧籍に入り、しかも社会主義

者として労働運動、部落解放運動に参加したという。60代で安保反対のデモに参加したような人らしい。

小林は「蕩児」のような人だったと書く。

「蕩児」は久しぶりの言葉だ。


そんだけ。