『水島流吉の覚書』

 
昭和十八年、中西悟堂邸に立ち寄った際の辻潤の写真がありました。

【ようこそ稀覯本の世界へ】というHPの中の「文學アルバム」に掲載されております。


辻潤 昭和十八年十一月初旬 中西悟堂邸→http://kikoubon.com/tsujijun3.html




どれも、私には、いい写真です。


このころの辻潤

松尾季子に宛てた葉書にこんなことを書いております。

   辻潤は非凡閣人名辞典にもあるように死んでしまったが、「水島流吉」は生きている。

   尺八を吹いて、相変わらず乞食生活を続けている。

                 (昭和18年11月18日。広島市下柳町七六 高木しるこ店内)

まだ生きてるのに、文壇的には人名碌で「死亡」と書かかれたりしてます。


その頃、書いたものに『水島流吉の覚書』があります。水島流吉は辻潤が晩年によく使った名前です。

こんなことを書いてたりします。

   生きてることになんの疑問もなく、自分の与えられた職業に従事し、至極満足して死ぬまで

   いきられたらそれにこしたことはあるまい。

   生きている間でさえ、なにがなんだかよくわからないのだから、いわんや死んでから先のこ

   となどわかる道理はない。

   (略)

   雨の音がきこえて来た。今までよく晴れて、月も星も見えていたのに雨が降ってきた。別に

   不思議なこともない。

   自分は永遠の刹那だ。宇宙万象のカケラでもある。カケラとして完全である。矛盾のかたま

   りである。電子(エレクトロン)の化物である。物質であり、精神であり、滅不滅であり、一切で

   あり、独自であり、なんでありかんである。

   (略)

   くだらない夢を見た時は、つくづく自分という人間があさましくなる。しかし時々は美しい

   夢も見る。そんな時にはいくらか自信を回復する。

   自分の正体はわからない。人格は二重でも三重でもある。どれがほんとうの自分だかよくわ

   からない。一切が自分を存在させている要素だと思うと、どれもみんなほんとうのような気

   がする。

   お天気のようなものだ。晴れている時が、お天気の正体で曇ったり、雨が降ったり、風が吹

   いたりする時は正体でないというような考えは、みんな理想主義者のようなものだ。

   (略)

   宇宙や人生や一切のことは、到底人間の頭などでは解釈の出来ぬものだ、というのが私の信

   仰である。

   自分は万物の霊長だなどという自惚れは、ケチリンも持ち合わせていない。

   私は自分以外の生物を一度も軽蔑したこともなく、むしろかれ等の方が人間以上に自然に生

   活していると、時に羨望の念のおこることさえある。しかし、別段鳥にも虫にもなりたいと

   は思わない。

                   -『水島流吉の覚書』昭和十八年「書物展望」掲載。

きょうは、【ようこそ稀覯本の世界へ】掲載の写真を、何度も見てた。

いろいろ思ったりもした。


そんだけ。